横浜鶴ヶ峰病院 脊椎センター・人工関節センターについて

横浜鶴ヶ峰病院 人工関節センターのご紹介

当院では人工関節手術に熟練した複数のエキスパートが人工関節センターで診療、手術を行っております。

医師紹介

石井 聖也

所属
横浜鶴ヶ峰病院整形外科部長
横浜鶴ヶ峰病院人工関節センター長
経歴
順天堂大学整形外科
Dr.石井 聖也
大久保 俊彦

所属
いしずえ整形外科クリニック院長
経歴
西横浜国際総合病院 関節外科センター長
大口東総合病院 整形外科部長
Dr.大久保 俊彦
浜田 洋志

所属
浜田戸部整形外科院長
経歴
横浜鶴ヶ峰病院整形外科部長
多摩南部地域病院医長
Dr.浜田 洋志
武藤 治

所属
横浜鶴ヶ峰病院院長
経歴
横浜鶴ヶ峰病院整形外科部長
江東病院整形外科医長
Dr.武藤 治

人工股関節(THA)とは

人工股関節置換術(THA)は、変形性股関節症、大腿骨頭壊死といった慢性的な股関節痛疾患に関して手術以外の方法で痛みを改善することが困難な場合に行われる手術です。長期的に痛みを改善させることが可能で近年世界中で広く行われるようになりました。
従来は大学病院以外で行うことが難しい手術とされてきましたが、手術の方法が洗練され、現在は熟練した医師が執刀すれば安全に行うことができる手術として定着しています。そのため、現在は特定の手術に特化した、症例の集約化が可能なその地域の人工関節センターで行われることが多くなっています。
人工股関節イメージ

当人工関節センターで行う最小侵襲(MIS)人工股関節のご紹介

当人工関節センターでは原則的に最小侵襲手術; Minimally Invasive Surgery (MIS)を行っています。
最先端の技術によって最小限の皮膚切開、関節への侵襲で手術を行い、術後早期回復、早期の社会復帰が可能になります。術前の状態にもよりますが、翌日に車いすに移動して、3日程度で歩行機を使って歩行、10日程度で階段昇降が可能になります。術後の歩行が安定次第、ご自宅にご自身の足で歩いて退院が可能です。当院の人工股関節手術は痛みをとるだけでなく、”痛かったことを忘れて元気な日々を取り戻すこと”を目標に治療にあたっております。MIS人工股関節置換術の術後は術前の状態と比較して筋力が回復し、歩行スピードが速くなります。スポーツに関してもジョギング、ハイキング、水泳、ゴルフ等を元々されていた方は制限なく復帰をご提案させていただいております。
当人工関節センターでは習得が難しいとされるMIS-前方アプローチ(DAA)で人工股関節手術を行っており、MIS-DAAには以下のような利点があります。

数多くのアプローチ方法の中で唯一の筋肉を切らず神経支配領域の間から侵入する方法であり、術後の回復が早い。
筋肉の緊張を維持し関節包を温存することができるので脱臼の危険性が低い。
術中透視を使用したナビゲーションが容易となり、正確なインプラント設置が可能になる。

最先端の人工関節治療を普及させるために他の病院の整形外科医および手術室スタッフの見学を受け入れております。先進的な手術の普及によって、股関節痛に悩む日本全国の患者さんの幸せな未来に貢献できれば幸いです。

手術の方法、人工関節の耐用年数

痛みの原因となっている変性した骨、軟骨を切除し、関節と同じ構造をした人工股関節に置き換えます。
人工関節は金属、セラミック、ポリエチレンによって構成されていますが、人体に対して異物反応の生じにくい素材のみで構成されており、長期的な安全性が報告されています。(金属アレルギーがご心配な方は、事前に金属アレルギーのテストを行うことも可能です。)
人工股関節は金属製のステム、ヘッド、超高分子ポリエチレンライナー、カップといった部品で構成されています。
従来、人工股関節は耐久性が15年程度と言われていて、術後長期間が経過すると再手術が必要になる患者さんが比較的多かった歴史があります。しかし、1990年代後半から超高分子ポリエチレンライナーが使用可能となったことで人工股関節の耐久性が飛躍的に改善し、近年の報告では95%程度は25年経過で問題は生じないとされております。比較的若い方でも安心して手術を受けることができる時代になりました。

人工股関節にまつわる合併症と当人工関節センターの合併症低下戦略

人工関節は成績の優れた安全な手術方法ですが、さらに世界一安全な手術を目指して我々鶴ヶ峰病院人工関節センターは日々安全性の追求を行っており、合併症が発生することは非常にまれになっております。しかしながら合併症のリスクはゼロではありません。手術を検討する際に知っておくべき合併症について記述します。

手術後の痛み

麻酔から目が覚めたあとに、強い痛みが続きます。

術後疼痛対策

手術中は全身麻酔によって眠ってしまうので痛みを感じることはありませんが、手術が終わって目が覚めた後の痛みは非常に辛い経験です。当院では可能な限り痛みの少ない手術を行うために、筋肉、靭帯を切らないMIS-前方アプローチに加えて独自に改良した股関節周囲浸潤麻酔を含めたマルチモーダル鎮痛法を行っております。以前のように術後の強い痛みで夜間眠ることができないという患者さんは非常に少なくなりました。

10を最大とした10段階の痛みの点数(visual analogue scale; VAS)を用いて手術翌日安静時の痛みを評価すると、従来の人工股関節全置換術の報告では平均2.6と術後の痛みを訴えることがしばしばありました。そこで、当センターで行っている鎮痛方法を導入したところ、この痛みのスコアを1.3まで低下させることができました(石井ら. 人工関節学会. 2024)。全くの無痛手術ではありませんが、手術後の痛みは従来と比べて大幅に改善しています。

術後出血

出血量が増加すると術後回復が遅れ、術後感染症の原因にもなります。

出血対策

我々は筋肉を切らず出血をしにくいMIS-前方アプローチに加えて、有効性、安全性が確立した止血剤であるトラネキサム酸と骨断面からの出血を防ぐ止血剤を併用することで出血を可能な限り抑えています。従来式の人工股関節全置換術の報告では手術中の出血量は650ml程度とされてきましたが、当人工関節センターのMIS-人工股関節全置換術の場合は平均156mlと、従来の方法と比較して1/4程度の出血量で人工股関節全置換術を行うことが可能になりました(石井ら. 股関節学会. 2023)。大幅に出血量が低下したことで、組織の腫れが少なく早期の痛みの改善、社会復帰が可能になりました。

術後脱臼

人工関節の接続が体内で外れてしまうことを言います。人工股関節の術後に足を捻る、またはしゃがみ込んだ際に急激に股関節に強い痛みが出て、全く立ち上がることができなくなります。人工股関節置換術を受けた患者さんのうち、全体の5%程度の患者さんが術後脱臼することは避けることができないとされてきました。もしも脱臼をした場合には救急車で病院に来て頂き外れてしまった関節を牽引して戻します。戻らない場合には再手術が必要となります。

対策

当院で採用しているMIS-前方アプローチは筋肉を切らず関節の筋緊張を維持することが可能であるため、術後に関節が不安定になることがきっかけで脱臼するリスクを低下させることができます。また、フランスで開発された脱臼予防に特化したインプラントであるデュアルモビリティシステムを私が在籍していた順天堂大学病院は本邦としては早期に導入し、当人工関節センターでも多くの症例で使用しております。これらの脱臼対策の結果、人工股関節置換術を行った患者さんで術後脱臼をした患者さんは一人もおりません(石井ら. 股関節学会. 2023)。デュアルモビリティシステムは脱臼リスクを効果的に低下させることができますが、それ以外にもその内部で使用されている小さな骨頭は人工関節術後に大腿骨が受けるストレス性の骨反応(石井ら. J. Arthroplasty. 2016)(石井ら. Int. Orthop. 2021)、さらには骨折リスクを減少させることを我々は世界で初めて報告し(石井ら. ISTA. 2022)、長期的な安全性も報告しております(石井ら. Int. Orthop. 2022)。特に日本の高齢者に対しては、デュアルモビリティシステムは合併症発生率を低下させる強力な武器になります。

カップ設置角度異常

人工股関節に使用されるカップは、骨盤に対して適合性の高い厳密な設置精度が求められます。カップ設置角度が一般的に規定されている安全域から外れた場合、インプラント同士の衝突による術後脱臼、長期的な耐用年数の低下が懸念されています。
カップ設置角度は従来の方法の場合、安全域内に設置できる確率が45〜82%程度でした。その確率を高めるために最近は多くの施設で人工股関節用のロボットが導入され(安全域内設置率; 77〜97%程度)、高い精度でのインプラント設置が可能になります。

対策

我々は最新の3次元テンプレーティングシステムを用いて患者様それぞれの骨形態に合わせたインプラントを選択し、術後動作のシミュレーションを行うことで最適な設置位置予測を行っています。最近は人工知能がこの術前計画を支援できるようになり、以前より精度が向上しています。さらに、下肢牽引台とイメージインテンシファイアを併用することで、リアルタイムにカップと骨盤の位置関係を確認しながら安全なカップ設置を行なっております。このことで、正確なインプラント設置と、トラブルの元になるようなわずかな異常を早期に察知することができます。その結果、我々の安全域内の設置精度は97.5%と、人工股関節ロボットを用いる場合よりも正確な手術が可能になりました(石井ら. 股関節学会. 2023)。

術中、術後骨折

金属であるインプラントは骨よりも硬いため、骨がもろい場合は術中に、転倒をした際は術後に人工関節周囲で骨折が生じる場合があります。発生頻度はMayo clinicの報告では1.1%程度と報告されています。折れた骨をつなげる手術、もしくはインプラントを入れ替える再手術が必要になることがあります。

対策

当人工関節センターでは原則的に術前、もしくは入院中に骨粗鬆症検査を行い、骨粗鬆症が認められる場合には骨粗鬆症治療を介入し、術後の骨折を予防しています。使用する薬剤の内容にもよりますが、骨粗鬆症治療薬の使用によって骨折の発生率を使用しない場合の半分以下に低下させることができます。

細菌感染

手術部の細菌が内部で繁殖し、内部から膿が出てくることがあります。
術中に入る細菌が原因のことがあれば、虫歯が原因で歯ぐきから細菌が血液内に侵入し術後数年経過してから発生することもあります。発生頻度は全体の0.5〜1%程度と報告されています。持病として糖尿病がある方や、ステロイドや免疫抑制剤を内服されている方は細菌感染を起こしてしまう危険性が高いとされています。

対策

クリーンルームで手術を行い、予防的に抗生物質を投与しています。感染を認めた場合には人工関節周囲の洗浄を行なって感染の沈静化を図りますが、人工関節の周りは細菌がバリアを張って治癒が困難となることがありますので、再手術を行い体内に設置した人工関節を全て取り除いて感染が沈静化したのちに、人工関節を入れ直す手術を行うこともあります。

肺血栓塞栓症(エコノミークラス症候群)

症状;胸痛、呼吸困難
全身麻酔の手術は長時間同じ姿勢で眠って頂きますので、特に足の血液の流れが滞り血管内で血液の塊(血栓)が生じることがあります。さらに術後のリハビリの進みが遅い場合、血栓は大きくなることがあります。その血栓は血流が良くなると血管内を移動し肺の血管を詰まらせてしまうことがあり、突然呼吸困難として発症します。エコノミークラスの飛行機で長時間動かずに座っていた後に突然呼吸困難となる症状(エコノミークラス症候群)と同じ病態で、入院中に限らず病院の外でも発生することがよくあります。

対策

MIS手術と、痛みを可能な限り少なく抑えるための鎮痛法を組み合わせることで術後早期の運動療法を促進し、術後血栓の発生を予防しています。
さらに足を締め付け血栓の発生を予防するストッキングを術後2週間程度を目安に履いて頂き、血液が固まることを予防する薬を同じ期間を目安に内服して頂きます。

神経麻痺、血管損傷

極めてまれですが、人工股関節置換術の際に神経や血管を痛めてしまうことがあります。
全ての手術を熟練した術者が行うことによって発生率は非常に低いです。

対策

万が一生じた場合には神経の回復は時間を要し、血管損傷による出血で貧血を認める場合には輸血が必要になることがあります。